秘 密
~身体の中から美しく~
ここ糸島では
約2000年前より農業を大切にした
伊都国の歴史があります。
その歴史が遺跡として多く残っています。
泉屋六治の圃場にも「食」に関わる多くの遺跡があります。
ここでは、ほんの少しだけ紹介させていただきます。

私たちについて
泉屋六治は、「身体の中から美しく」をコンセプトにつくられた農家ブランドです。
泉屋六治では「伝統的な食」を社会的に責任を持って紹介することで、日本の農業に力を与えることを目的としています。
私たちはAIとブランド・マーケティングを使用して、『伝統を守り続ける、意味あるストーリー』を提案し続けます。

伊都国の怡土
王国、伊都国の『 い と 』
約2100年前以前より栄えていた古代の王国。
現在はこの中心地域を総称して怡土地域という。
【 怡 土 】ito
漢字の意味は「食べ物ができてうれしい。リラックスできる。」というポジティブな意味合いがある。

歴史について
~歴史がサンドイッチ状態~
泉屋六治がある糸島は、弥生時代前期から続く歴史遺産が豊富です。
泉屋六治は
中国古代史「三国志」に登場する、古代王国「伊都国」の首都が
おかれていた怡土【いと】地域に位置します。
糸島では数多くの歴史的遺産や出土した遺産が国宝に指定されるなどしています。
■ 三雲南小路遺跡・・・初代伊都国王墓
■ 平 原 遺 跡・・・伊都国最後の女王墓
※ 他、国宝が2500点近くある。

怡土城址
- I T O C A S T L E -
日本最古級の巨大山城で唯一の大陸式山城。
奈良時代756年
遣唐使、吉備真備によって築城開始された。
築城の目的は大宰府防衛を担っていたとされる。
当時では大変珍しい、レンガや鬼瓦含む瓦類が多数出土している。
コンクリートがない時代
城を固める素材は、とあるものを使用していた。。。
さて、この巨大な城づくりで必要不可欠なものは、いったい何でしょうか??
染井山霊鷲寺
~ 怡 土 七 ヶ 寺 ~
染井山霊鷲寺(そめいやまりょうじゅじ)は、
聖武天皇の勅令で清賀上人によって建立された寺院のひとつ。
典型的な神宮寺。上宮・中宮・下宮と、42坊もの宿坊、並びに神功皇后宮殿を配置した珍しい形式のお寺です。
遣唐使、遣隋使の発着場所からほど近い同寺院には、薬草園や、漢方園としての機能もあったとされています。
それを裏付けるように境内には、シナモン、棗、クコ、杜仲が自生している。
また本尊は薬師の森を守るように、薬師如来坐像(現圓覚院に奉納:糸島市重要文化財)が地元の人によって大切に守られています。
【 怡 土 七 ケ 寺 と は 】
聖武天皇の勅令によって、渡来僧「清賀上人」によって建立された寺院群。
①雷山千如寺 ②染井山霊鷲寺 ③夷巍寺 ④小蔵寺 ⑤金剛寺 ⑥久安寺 ⑦楠田寺 このお寺の総称を怡土七ヶ寺という。


染井神話
~日本書紀~
仲哀記の神話。
仲哀天皇は皇居があった香椎宮にて熊襲のクーデターにより崩御される。
妻、神功皇后は、このクーデターの後ろ盾をしていたとされる三韓に対し、征伐に向かわれる。
その時、この地において、ある占いをされた。
「私が持っている、この仲哀天皇の白糸の鎧がこの井戸に染めて、赤に染まると勝ち戦、もし、何も変化がなければ、負け戦であるため、退散する」というもの。
その結果、仲哀天皇の白糸の鎧は、見事な緋色(赤)に染まり、皆の士気が上がったとされる。
そして、この地は「天皇の鎧を染めた井戸」という名の「染井」と呼ばれるようになった。
緋縅岩や鎧掛松という神話に登場するものも大切に保管されている。